「口を閉じる=歯を合わせる」ではない
―― 上下歯着き癖(TCH)という視点

OCAジャーナル|著書『口の中から甦れ』から
「唇を閉じてください」とお願いしたとき、上下の歯まで噛み合わせてしまう方はいませんか?
口を閉じる=歯を合わせる、になっている状態。
代表理事・森昭は、これを「上下歯着き癖(うえしたはつきぐせ)」と呼んでいます。

ベースになっているのは、東京慈恵会医科大学・杉崎正志先生、東京医科歯科大学・木野孔司先生が提唱したTCH(Tooth Contacting Habit:歯列接触癖)という概念です。本記事では、臨床歯科医師としての森の見解を含め、「上下歯着き癖」という呼び方でご紹介します。
▪️上下の歯は、1日のうち98%以上「離れている」
上下の歯が触れるのは、本来、噛む・話す・飲み込むといった動作の瞬間だけ。
接触時間は1日合計で約20分以内と言われています。1日1,440分のうち約1.4%。つまり、98%以上の時間、上下の歯は離れているのが正常です。
ところが、パソコンやスマートフォンで下を向いて集中しているとき、無意識に歯をコツンと当て続けている人が増えています。1日に合計3時間の接触があれば、それだけで通常の約9日分の力が歯にかかる計算になります。
▪️口の中に残る「サイン」
上下歯着き癖は本人に自覚がないことがほとんど。
そのかわり、口の中にサインが残ります。
咬耗、歯冠のヒビ・破折
楔状欠損(歯と歯ぐきの境目がくさび状に減る)
頬粘膜の圧痕(頬線)
舌縁の歯の圧痕
頬骨の内側(咬筋付近)のこわばり・圧痛
森は、詰め物・かぶせものの脱落、セラミックの破折、義歯の痛みや破折、顎関節の負担など、臨床で出会うさまざまなトラブルの背景に、この癖が関わっていることが多いと感じています。
▪️1問でできるスクリーニング
吉田歯科医院(鳥取市)理事長・吉田渉先生によるチェック方法です。
背筋を伸ばしてもらい、「上下の唇だけ付けてください」と声をかけ、その反応を見ます。
すぐに、軽く上下の唇を接触できる
少し考えてから、なんとなく唇を合わせるが、しっくりこない表情をする
何を求められているのかわからず、きょとんとしている
吉田先生によれば、1以外は上下歯着き癖の傾向がある方。歯を離していることが「当たり前」の人は違和感がありませんが、癖のある人は歯を離すことに違和感を覚えるのです。
▪️「いつ」「どんなときに」出るのか
著書では、常に歯を合わせている一次性のタイプ(森の臨床感覚では人口の1割ほど)のほかに、きっかけによって現れる二次性のタイプを挙げています。
作業性――パソコン・スマホ・家事など、一人で黙々と下を向いて集中するとき。
ストレス性――人間関係や身体の痛みなどへの代償として。
歯科的要因――動揺歯や不安定な義歯を、歯の接触で安定させようとして。
「一人で」「黙々と」「集中して」「下を向く」。この4つがそろう場面は、多くの職種の現場にもあるはずです。
▪️改善の基本は「気づく」こと
一般的な改善法として紹介されているのが、行動変容のアプローチです。
まず、自分がどんな場面で歯を合わせているかに気づく。
次に、パソコンのモニターの横などに目印のシールを貼り、目に入るたびに「歯を離す」を繰り返す。
地道ですが、癖を「意識できるもの」に変えていくことが出発点です。
もうひとつ、森が強調しているのが「よく噛む≠つよく噛む」ということ。
子どもの頃から「よく噛んで食べようね」と言われて育つうちに、「よく噛む」が「強く噛みしめる」にすり替わってしまっている人も少なくありません。
▪️それぞれの立場で、気づく
歯科医師・歯科衛生士なら――
頬線や舌の圧痕、楔状欠損を見つけたら、治療とあわせて「日中、歯が触れていませんか?」とひと声を。
トレーナー・指導者なら――
フォーム練習や集中している場面で、奥歯を噛みしめていないか。顎まわりの力みは、首や肩の力みにもつながります。
ボイストレーナーなら――
声を出す前の「構え」で、上下の歯が当たっていないか見てみてください。
整体師・セラピストなら――
頬骨の内側や咬筋のこわばりは、デスクワークの姿勢とセットで起きていることがあります。
▪️今日の10秒観察
クライアントや患者さんに「上下の唇だけ、そっと付けてみてください」と声をかけてみましょう。すぐにできるか、少し迷うか、きょとんとするか。その反応だけでも、口の使い方のクセが見えてきます。
本記事は、代表理事・森昭の著書『口の中から甦れ』(日本橋出版)の内容をもとに、OCA事務局が専門職向けに再構成したものです。
監修:森 昭(歯科医師/一般社団法人オーラルコンディショニング協会 代表理事)




